季節の変わり目で、体調を崩す人が増える時期になりました。インフルエンザや風邪は、秋冬に罹患することが多いので、感染症の元になるウイルスや菌は、寒い時期になるとどこからかゾロゾロと群れを成してやって来るものだ、と思っている人もおられるかもしれません。しかしそれは間違いで、インフルエンザなどの病原体は、実は一年中、常に私達の周りに存在しています。秋から冬の時期は、色々な理由で私達の免疫力が落ちるので、罹患しやすくなり、「流行る」のです。病原体の存在だけが唯一の原因になっているわけではありません。ということは、免疫が強ければ、寒い時期も夏の間と同じように元気に過ごせる、というわけです。職場や家庭などで同じ環境にいるのに、かかる人とかからない人がいたりもしますよね。これも、免疫の違いによるものです。
免疫力を高める方法に関しては、これまで何度も色々なところでお話ししてきたと思いますが、今回はこの「免疫が強いから/あるから感染しない」という現象に焦点を当てて考えてみます。
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【獲得免疫】
病原体とどれだけ接触し、それがどれだけ体内に入っても、感染しない場合のメカニズムとしてまず考えられるのは、その特定の病原菌に対して「獲得免疫」を持っている、という可能性です。どんな菌であれウイルスであれ、体は一度罹患し克服すると、その病原体に対応するやり方を少なくともしばらくは覚えているので、立て続けに同じ感染症に二度かかることは通常はありません。私達の世代のほとんどが子供の頃にかかった風疹やおたふく風邪のように、一度感染すると一生保てる獲得免疫もあれば、数か月で消えてしまう獲得免疫もあります。一般に「風邪」と呼ばれるような感染症の免疫は、基本的には短期間しか持たない獲得免疫です。
獲得免疫は、特定のひとつの病原体に対してできる免疫ですが、似たような物には対応することができる場合もあります。これを「交差免疫」と言います。新型コロナウイルス感染症が問題視され始めた頃、大人に比べて子供の罹患率が著しく低かったのは、子供はしょっちゅう風邪をひいてはうつし合うので、それによって別の種類のコロナウイルスに対する免疫をすでにみんな持っており、その交差免疫が働いていたのではないか、という説があります。
では、風邪などをひいて獲得した免疫の記憶をできるだけ長く保つためには、どうしたらよいのでしょうか。それは、その病原菌と「接触し続ける」ということです。接触し続けると、体がその病原体に対して免疫機能を作動させ続けます。しばらく接触が途切れると、免疫記憶を失ってしまいます。風邪知らずの小児科医や幼稚園の先生が多いのは、子供達が撒き散らす病原体に常に接しているため、免疫記憶が廃れないからなのです。だいたいの病原体は少しずつ変異して行きますが、少しの変異であれば交差免疫で対応が可能なことが多いと考えられています。
免疫記憶がどれだけ長続きするかは、病原体の種類や、その病原体との接触の有無だけではなく、体の状態によっても異なります。ここ数年の間に、新型コロナウイルスに何度も何度も感染したことのある人、時々いますよね。高齢者や、体の全体的な機能が低下している人ほど、感染によって得られる獲得免疫も長続きしない、というのが私達の臨床を通した印象です。
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【自然免疫】
実際感染した特定の病原体に対してできる獲得免疫に対し、元々私達の体に備わっており、異物に対して無差別に対応する免疫機能のことを、「自然免疫」といいます(注:日本語の「自然免疫」は英語で"Innate Immunity"です。英語で"Natural Immunity"と呼ばれるものとは異なるものなので、お間違いなく)。病原体が体内に侵入してしまった場合に、まず対応にあたるのがこの自然免疫です。自然免疫が強いと、病原体が体内で繁殖する隙を与える前に撃退してしまうので、獲得免疫システムを稼働させるまでもなく、感染を防ぐことができます。なので、感染の経験がなく、獲得免疫を持ってなくても、自然免疫がしっかりと働いてくれれば、感染には至りません。免疫が有るか無いかは、抗体検査で調べることができる病気も多いですが、たとえ抗体(獲得免疫)を持ってなくても、自然免疫が強ければ、感染しないことも充分にあり得るということです。
自然免疫は、体の状態の影響をダイレクトに受けます。暴飲暴食、血糖値の乱れ、栄養不足、ケミカル、精神的ストレス、睡眠不足、体の歪み、運動不足及び過度の運動などは、自然免疫を弱めてしまいますし、ビタミンDも自然免疫の機能に大きく貢献するので、日光にあたらなくなる秋冬は、病原体に負けやすくなります。
また、自然免疫は色々な異物との接触によって、強化されます。過度のキレイ好きや除菌/殺菌、自宅勤務などで外出や人との接触を避けるライフスタイルは、自然免疫をどんどん弱体化させていきます。この事実からも、子供との接触が多い仕事に就く人や、上に兄弟がいる子や、保育園に通う子の方が、そうでない子供よりも免疫が強いことが多い、という現象が理解できると思います。
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要するに、感染に強い体を作るには、獲得免疫を見ても、自然免疫を見ても、①基本的な生活を整えることと、②病原体との接触による訓練、の二つの条件が中心になっています。近年では「バイ菌との接触はできるだけ避けるべし。感染はしないに越したことはない」、というようなアイデアが主流ですが、どれだけ良いものを食べて、運動して、充分な睡眠をとっても、潔癖な生活を続けて雑菌との接触を断ってしまうと、免疫は弱くなってしまうのです。病原体との接触を避けることに全力を挙げるのではなく、接触しても負けない体を作ることに専念した方が、ずっと効率が良いのです。
私達が子供の頃、インフルエンザに罹った家族の一人を一つの部屋に閉じ込めて隔離したり、家の中でマスクをしたり、などという話は聞いたことがありませんでした。にも関わらず、子供が風邪をひいても、親は滅多に体調を崩しませんでした。何かが根本的に変わってしまった、ということに気づきませんか?現代人の免疫力は確実に弱くなっているのです。しかし、本来私達の体は、もっと強くできており、病原体に怯えることなく生活できるように作られているのです。
アメリカのある有名な医師は、「免疫機能にとって感染は、コンピューターにとってのアップデートのようなものである」と例えました。少しの変異であれば、交差免疫で対応が可能でも、長い間接触を断ち、アップデートを怠っていると、いずれどこかで変異が進んでしまったバージョンに感染することになり、スムーズに対処できない(=重症化する)可能性が高くなる、という見方もできます。免疫機能は、感染を克服する度に訓練され、強くなっていくのです。実際、幼少期に麻疹、おたふく風邪、風疹、水疱瘡などに罹ると、将来癌になるリスクが下がる、ということを示すスタディーもあります。
ワクチンでつけた免疫よりも、罹ってつく免疫の方が、強く長持ちすることは、昔から知られています。インフルエンザにかかり、タミフルで重症化は防げても、薬なしで克服するのと同等の獲得免疫はつきません。まずは生活を見直し、改善できる部分は改善して、体を強くし、この冬皆さんが元気に過ごせることを願っています。
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